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人を形作るのは物語だと思う

2018/06/17
 
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こんばんは。

 

桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきび団子、ひとつ私にくださいな。

 

誰もが一度は耳にしたことがある桃太郎の歌です。

桃から生まれた桃太郎は立派に成長し、人々を苦しめる鬼を退治するため、旅立ちます。

その際におばあさんからきび団子をもらいます。

 

そして、犬がやってきて、言うわけです。

 

お腰につけたきび団子、ひとつ私にくださいな。

 

物語で、突然犬が出てきて喋ります。

今の今まで、なんの疑問も抱いていませんでしたが、それまでは、おじいさんだったり、おばあさんだったり、村の人だったり、人間しか出てこなかったのに、犬が突然喋り出します。

 

昔話では色んな動物が喋ります。

鶴の恩返しのツルであったり、カチカチ山のタヌキやウサギであったり、浦島太郎のカメであったり、、

現代では様々なモノや事柄が擬人化されていますが、それは今に始まったことではなく、はるか昔から行われていたのだと考えると、人の表現力というのはさほど大きな変化はないのかなと感じたりします。

 

では、桃太郎ではなぜ犬と猿と雉が出てくるのでしょう。

別に槍を持った青年と、斧を振るう大男と、弓を使う女狩人でも良いように思います。

むしろそちらの方が良い気もします。

人間を苦しめる鬼を退治しに行くわけですから、犬や猿や雉では戦力として心許ないようにも感じます。

オオカミとゴリラとタカならまだしも、絵本に出てくるような小柄な子たちでは、、、

何故、このような子たちが選ばれたのでしょう。

 

そもそも、鬼とはなんでしょうか。

鬼とは「この世ならざるもの」としてのおぬが転じたものと言われています。

この世ならざる黄泉の国からこの世を侵略しようとする存在、それが鬼というわけです。

 

鬼の住む世界とこの世界は通常は繋がっていないのですが、たまに繋がります。

そこが鬼門と呼ばれる場所です。

方位でいうと北東、丑と寅の間の方角です。

その為、鬼は牛の角が生えており、虎のパンツを履いていると言います。

鬼門の反対側の未と申の方位を裏鬼門といい、陰陽道では鬼門同様に嫌われる方角です。

裏鬼門から北西の方角に干支を見ると、申、酉、戌となります。

一説には、この関係で桃太郎のお供がこの三匹になったとも言われています。

そう考えると、猿と馬と羊でもよかったわけですが、馬はまだしも羊が、、、

桃太郎を考えた人も、さすがに羊はないなと思ったのかもしれません、、、

 

そんなわけで、きび団子を求めた三匹に桃太郎は言います。

 

やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。

 

お供になるならあげようというわけです。

それに対する三匹の変更がこちらです。

 

行きましょう、行きましょう、貴方について何処までも、家来になって行きましょう。

 

きび団子ひとつで、すごい忠誠心が生まれたものです。

何がそこまで三匹を駆り立てたのでしょうか。

 

ちなみに、日本神話に出てくる鬼の軍団である黄泉軍よもついくさは桃が苦手で、投げつけられると逃げ出していくそうです。

桃は日本神話では神聖なものとされているということですから、桃太郎が桃から生まれた由来も日本神話にあるのかもしれません。

 

そして、桃太郎と犬と猿と雉は鬼ヶ島に乗り込み、悪さをする鬼を退治し、鬼達が人々から奪い取って貯め込んでいた宝物を取り返し、村に戻って幸せに暮らしましたとさと物語は終わります。

お話によっては宝物をもとの持ち主に返して歩く姿などが描かれることもあるようです。

 

いわゆる勧善懲悪のストーリー。

端的に言ってしまうと、悪者をやっつけるというだけのお話です。

そこには、悪いことをするとやっつけられるという教訓めいたものはありますが、それ以上のものはないように思います。

 

なぜ、このような物語がはるか昔から忘れ去られることもなく、語り継がれてきたのか。

 

ひとつには、そのシンプルさがあるでしょう。

 

桃から生まれた桃太郎は、犬と猿と雉のお供を連れ、悪い鬼を退治しました。

 

一文で説明できます。

 

そしてもう一つは物語の分かりやすさです。

 

桃太郎は冒険譚で、悪い奴をやっつけるという子供でも理解しやすい物語です。

何故鬼はやっつけられなければならないのか。

それは、鬼だからです。

鬼とは人に害をなすもの概念が擬人化したものと言っても良いものでしょう。

そこに意思はないのです。

自然災害、病気、恐怖、そういったものの塊です。

人の力ではどうしようもないものなのです。

 

しかし、現代ではいろいろな表現により、鬼にも良い鬼や話の分かる鬼が出てきました。

泣いた赤鬼などはその代表とも言えるでしょう。

 

少し前に、タレントの小倉優子さんがテレビの番組内で、

「桃太郎には鬼を退治するのではなく、話し合って欲しい」

と語り、話題になりました。

2018年3月6日(火)に放送された日本テレビ系の「踊る!さんま御殿」に出演した小倉優子さんは子供に絵本読み聞かせをするという話題の中で、

 

「戦うのではなく、もう悪いことはしちゃいけない、君はどうしたいんだっていうのを話し合って欲しい。鬼退治に行こうって子どもが思ったらヤダなって」

 

と、成敗という暴力的な解決策への不満を語りました。

分からないではありません。

鬼が泣いた赤鬼のように話の分かる鬼であれば、そういう方法もあるのでしょう。

しかし、それはどちらかというと稀有な存在です。

いわゆる鬼神と分類される神様に類する存在と考えた方が良いと思います。

話の分かる相手であれば、話し合いは必要でしょう。

ですが、悪さを繰り返し、問答無用で人の宝物を奪っていく鬼に話が通じるとは考えにくいです。

鬼は人間ではないのです。

 

人は人以外のものとは話し合えないものです。

山道で熊に出会ってしまった時、話し合っている暇がありますか?

「君の縄張りを荒らして悪かった! すぐに出ていくから見逃してくれ!」

そんなことを言っている暇があるなら、ゆっくりと目を見ながら後退あとずさってください。

話の通じない相手に話すことは徒労以外の何物でもないように感じます。

 

インターネット上のコメントでは、小倉優子さんの意見に対しては否定的な意見が多かったように思います。

考え方としては母親として優しい子供に育って欲しいという気持ちから生まれた想いなのでしょう。

分からないでもありません。

僕自身、人魚姫のお話を娘に読み聞かせる度、

「なんて救いのないお話なんだ、、、」

と、思い悩みます。

 

ただ、親としては、子供には色々なお話を聞かせてあげるべきなのだと思います。

桃太郎のお話が子供に悪影響を与えると危惧するのであれば、「かさじぞう」や「おおきなかぶ」を読んであげれば良いのではないでしょうか。

ただ、いつかは桃太郎のお話を自分なりに子供に説明出来れば、きっと暴力を暴力で解決するという危惧するような考え方に染まるのでなく、悪い者には立ち向かわなければならないという考えになってくれるのではないかと思うのです。

 

色々な情報があふれている現代。親としては色々考えてしまいます。

情報の受け取り方も、その考え方も、人それぞれです。

良い物も悪い物も立場が変われば180度変わってしまうかもしれません。

個人的には小倉優子さんの意見には賛同しませんが、それでもちゃんと自分の意見をしっかりと持っているなと好感を持てました。

 

今回の小倉優子さんの考え方を、どこぞの「敵国が攻め込んできたらとことん話して、酒飲んで、遊んで、食い止めます」と言っていた大学生の考え方と同列にしている意見を見かけましたが、これは根本的に違うように思います。

片やどうやって子供を育てたら良いかと考えた結果、片や攻め込まれているという意味も分からぬ能天気。

きっとあの大学生は子供の頃、ろくな本を読んでこなかったんだろうなと思います。

そういった子供になって欲しくないからこそ、親としては、色々な話を、選びながら聞かせてあげたいと思うのです。

 

それではまた明日。

 

 

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今日の脳トレはこちら。

 

最近また本を読むようになりました。

 

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