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刑罰を科すのにもお金が掛かるという事実

2018/10/05
 
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善悪の判断がつかない。

だから、悪行を許すというのはどうなのだろう。

 

こんばんは。

 

今年の8月25日午前0時頃、千葉県船橋市の路上で、25歳の会社員の女性が何者かに刺されるという事件がありました。

そして、今日10月3日、千葉県警は現場近くに住む32歳の自称アルバイトの斉藤祐輔容疑者を殺人未遂の容疑で逮捕したということです。

警察によれば斉藤容疑者には中度の知的障害があり、今後刑事責任能力の有無を調べていくとのことです。

 

現場は新京成線滝不動駅から東に1kmあたりの住宅街で、付近に小学校もあることから、多くの警察官が捜査に当たっていたようです。

事件当時、被害者女性の証言によれば、犯人は黒っぽいTシャツに短パン姿だったということでした。

 

これはとてつもない偏見なのかもしれませんが、短パン姿の大人の男性に対しては、個人的に非常に警戒してしまいます。

ハーフパンツならまだしも、どんなにおしゃれだとしても、日常で短パンを履いて外出している男性はなにか変なんじゃないかと思ってしまう。

短パンが許されるのはランニングしている人かB’zの稲葉さんかレイザーラモンHGさんしかいないと思っています。

例えば、電車の中で短パン男と遭遇したら、僕は別の車両に移ります。

 

何があるか分からない世の中。

いつ自分が被害者になるかは誰にも分かりません。

でも、その可能性は誰にでもある。

相手はどこの誰かも分からない人が自分の理解を超えた格好をしている。

それに距離を置くことは、失礼でもなんでもないでしょう。

自分の身は自分で守るしかありません。

 

今回の事件、斉藤容疑者は容疑を認めているということです。

認めているということは責任能力があるということではないのか。

刑法上でいう責任能力とは、物事の是非、善悪を区別し、その判断に従って行動できるという能力です。

この能力がある場合、重大な犯罪を犯せば、重い刑罰が科せられます。

しかし、この能力がない場合、そんな人物に刑罰を科しても意味がないと、起訴されても無罪になるケースがあります。

刑罰とは、その犯罪に対して反省をさせ、社会に復帰させるためのものである為、責任能力がない、すなわち物事を判断できない人物に刑罰を科しても、本来の刑罰の意味を成さないということです。

そして、犯罪者に刑罰を科すこともタダでできることではありません。

その者を改心させる為に、国はお金を掛けて刑罰を与える。

ですから、刑罰の意味が分からない人物には与えても無駄以外の何物でもないということです。

 

それはつまり、自分の家族が責任能力のない人物に殺されたり、重傷を負わされた場合、日本の現在の司法では犯人は無罪となり、社会に戻される可能性があるということです。

個人的にはどうしても許容できることではありません。

正直何処かに閉じ込めておいて欲しい。

遭遇率は低いとは言え、野に放たれた猛獣が居る場所を歩いているようなものです。

しかし、それは人権の面からも、費用の面からも出来ることではないということなのでしょう。

 

今回、斉藤容疑者は刃物で女性を刺し、重傷を負わせたということです。

もし、責任能力がないのであれば、何故そんな人物が刃物を持つことになったのかということが問題です。

斉藤容疑者は一人暮らしだったのか、それとも親と暮らしているのか。

その刃物は家にあったものなのか、それともどこかで自分で購入したものなのか。

責任能力がない人物に、人を殺せる道具を渡してはいけない。

理想を言えば、そうでしょう。

しかし、それは刃物に限ったことではありません。

極端な話、その辺に落ちている石でも棒でも凶器にはなり得ます。

現実的にはそんな規制は出来ない。

 

では、付添人が居ない状態での外出禁止はどうか。

しかし、こうなるともう人として扱いではなくなってしまいます。

必ず誰かが付き添う。

危ない事をしそうだったら、付添人が止める。

もう、個人としての日常はありません。

必ず誰かが傍に居る。

それも、現実的には無理な話なのでしょう。

 

事件を起こす前には取り締まれない。

事件を起こした後も裁けない。

であるのであれば、もう自分で危険を回避する以外に方法はありません。

危険に遭遇してしまったら、運が悪いと思うしかありません。

 

人は進歩してきました。

動物が持たない仕組みも様々に発達してきました。

その中で、守られるようになったものと、逆に失われるものが出てきた。

どうすれば誰もが満足できるようになるのか。

考えても、妙案は思いつきそうにありません。

あちらを立てれば、こちらが立たず。

人間社会では、妥協と諦めも必要な能力なのでしょうね。

全員が全員100%幸せにはなれない。

自分は100%幸せでも、どこかで不幸を嘆いている人がいる。

 

運が悪かった。

その言葉で片付けるしかないというのは、とても空虚な気持ちになるものですね。

願わくば、ひとつでも不幸が生まれませんように。

 

それではまた。

 

 

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人権て何でしょうね。意思を持って犯罪に手を染めた人物にも人権は必要なんですかね。

 

 

本日のオススメ動画はこちら。

【細かすぎて】刑務所の中シリーズ・大全集

元受刑者から評価が高いという話、好き。

 

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