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我が子に名前を付けた時の想いを忘れないで欲しい

 
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人を育てるということは綺麗事じゃない。

だけど、自分で胸を張れないことはするべきじゃない。

 

こんばんは。

 

自分の子供を虐待し、死なせてしまうというニュースが定期的に流れます。

昨年は東京都目黒区で両親から虐待を受けた女の子がこの世を去りました。

享年5歳。

 

もうパパとママにいわれなくても

しっかりとじぶんからきょうより

もっともっとあしたはできるようにするから

もうおねがい

ゆるして ゆるしてください

おねがいします

 

彼女がノートに綴った許しを請う言葉。

その言葉に胸を痛めた人も多かったと思います。

 

そしてまた、千葉県野田市で10歳の女の子が父親である栗原勇一郎容疑者(41)の暴力により、この世を去りました。

栗原心愛みあさん。小学4年生。

報道では彼女が苦悩を綴った小学校で実施されたアンケート用紙も見ることができました。

 

お父さんに ぼう力 を受けています。

夜中に起こされたり、起きているときに けられたり

たたかれたりされています。

先生、どうにかできませんか。

 

10歳の女の子の精一杯のSOSだったのでしょう。

そのアンケートを受け、2017年11月7日に彼女は一時的に児童相談所に保護されます。

その後、2017年12月27日、彼女が親族宅でしばらく暮らすことを条件に保護は解除されます。

しかし、年明けの2018年1月15日、父親が学校に乗り込んできました。

 

「通報したのか!」

「訴訟を起こすぞ!」

「きっかけとなったアンケートを見せろ!」

 

おそらく、この時点で学校側は難儀していたことでしょう。

とんでもないモンスターが来たと。

彼女を想うのであれば、学校側は屈してはいけなかった。

しかし、学校側はこのアンケート用紙を父親に渡しました。

 

今日2月5日(火)のTBS系のテレビ番組内では、落語家の立川志らく氏が学校側のこの所業に対し、怒りを露わにしていました。

そのアンケートを父親に渡すということがどういう状況を招くか。

そのことにより、彼女の精一杯のSOSがどうなるのか。

そういったことを学校側は想像しなかったわけではないでしょう。

しかし、もう嫌になってしまったのではないか。

なんとなく、そう思わないでもありません。

 

その後、彼女は父親の意向により、転校します。

転校先でも同様のアンケートが実施されましたが、彼女からは再びSOSが出ることはありませんでした。

 

そして、2018年2月28日、彼女は父親に欠かされた虚偽の手紙が判断材料となり、親族宅から自宅に戻されます。

手紙には父親に叩かれたと言ったのは嘘、児童相談所の人にはもう会いたくないなどと書かれていたといいます。

 

児童相談所の職員の方もこの手紙はさすがに不審に思い、後日彼女を訪ねたそうですが、彼女からは「お父さんとお母さんに早く会いたい、一緒に暮らしたいと思っていたのは本当のこと」という答えが返ってきた為、再び保護されることはなかったということです。

 

そして、2019年1月24日。

彼女は自宅の風呂場で服を着たまま亡くなりました。

 

人を育てるということは大変なことです。

僕自身も娘と息子に振り回されています。

どうしても許せないことも起きたります。

手をあげてしまうこともあります。

それは虐待なのか。

それとも教育なのか。

きつく言い過ぎてしまった。

そう思って後悔することが何回もあります。

今日は帰ったら精一杯優しくしよう。

そう思って帰宅して、リビングに買ってあげたおもちゃが無残に散らかっていると、どうしようもなく憤りを覚えたりもします。

 

可愛さ余って憎さ百倍。

 

しかし、その憎さは子どもにぶつけてはいけないものです。

子どもにどんなに非があろうとも、その憎さをぶつけず、理性をもって話をするのが親なのでしょう。

それが大人というものなのでしょう。

 

核家族化が進み、現代日本は親も初心者です。

昔はおじいちゃんおばあちゃんと同居して、親もそこから学ぶことも多くあったのでしょうが、今はそうでない家庭が多いです。

 

可哀想な子どもを助けられなかった。

そう思い、心を痛めている方も多いでしょう。

しかし、その原因は児童相談所や学校にあるわけではありません。

全ての問題は親にあるといってもよいと思います。

児童相談所や学校はあくまでもサポートでしかない。

仮に、自分の子ども達が学校で良くないことを覚えてきたとしても、それに対してクレームを言うのではなく、我が子に対し、なぜそれが良くないのかを話し、子どもと向き合う。それが、親の責任だと思うのです。

 

世界には色々な人がいる。

自分の定規では測れない人も多くいる。

そして、どうしても理解できない人もいる。

それは親だろうと子だろうと一緒です。

でも、出来ることであれば、自分の子どもとは理解し合える仲でありたいと。

他の誰とも理解し合えなくてもよいから、自分の子どもだけとは理解し合いたいと。

そのためには、親も努力を怠ってはいけないのだと、そう思うばかりです。

 

我が子が生まれた時のこと。

名前を付けた時の想い。

子ども達が自分の付けた名前を自身のことだと認識していること。

子ども達から発せられる拙いけども一生懸命の言葉。

 

それを忘れてはいけないと思うのです。

それを覚えていれば、きっと虐待なんて起こらないと思うのです。

 

 

それではまた。

 

 

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